肺腺がんに新たな治療標的となる遺伝子を発見
統合的な全ゲノムシークエンスにより、肺腺がんの個別化医療の発展に寄与
国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜斉、東京都中央区)研究所(所長:間野博行)医療AI研究開発分野の金子修三ユニット長、浜本隆二分野長、中央病院(病院長:瀬戸泰之)、理化学研究所からなる研究チームは、治療標的となる遺伝子変異が見つからないため分子標的治療を行えない肺腺がん患者さんでの有効な治療法を見つけるため、全ゲノムシークエンス注1を用いた新たな解析手法を開発しました。また、この解析方法により、治療標的として有力なHER2注2をはじめとした既知のドライバー遺伝子注3やこれまで分かっていなかった新たな遺伝子が多く存在することを確認しました。さらに、このような遺伝子が過剰発現すると再発リスクが高まることを明らかにしました。
肺腺がんは、肺がんの中でも特に多く見られるがんで、EGFR、KRAS、ALKといった遺伝子変異に合わせた分子標的治療が多く行われます。しかし、全ての肺腺がんでこれらの変異が見つかるわけではなく、肺腺がんの約30%程度の患者さんでは治療薬の標的となる遺伝子変異が確認されません。
近年の全ゲノム配列決定技術の進歩により、遺伝子発現を乱すことが分かっており、遺伝子変異や構造変異を網羅的に解析することができる全ゲノムシークエンスを用いた病態の全容解明に期待が集まっていました。
研究チームが新たに開発した解析手法は、「スーパーエンハンサー注4」と呼ばれる特定の遺伝子発現を強力に促進するゲノム領域と、その構造変異を、全ゲノムシークエンスにより統合的に解析する方法で、さまざまながんの個別化医療の進展に寄与し、新たな治療標的や予後予測因子を見つけるための基盤となることが期待されます。
この研究成果は、国際学術雑誌「Molecular Cancer」オンライン版(6月11日付)に掲載されました。
- 論文情報
雑誌名: Molecular Cancer
タイトル: Mechanism of ERBB2 gene overexpression by the formation of super-enhancer with genomic structural abnormalities in lung adenocarcinoma without clinically actionable genetic alterations
著者: Syuzo Kaneko (* Corresponding Author), Ken Takasawa, Ken Asada, Kouya Shiraishi, Noriko Ikawa, Hidenori Machino, Norio Shinkai, Maiko Matsuda, Mari Masuda, Shungo Adachi, Satoshi Takahashi, Kazuma Kobayashi, Nobuji Kouno, Amina Bolatkan, Masaaki Komatsu, Masayoshi Yamada, Mototaka Miyake, Hirokazu Watanabe, Akiko Tateishi, Takaaki Mizuno, Yu Okubo, Masami Mukai, Tatsuya Yoshida, Yukihiro Yoshida, Hidehito Horinouchi, Shun-Ichi Watanabe, Yuichiro Ohe, Yasushi Yatabe, Vassiliki Saloura, Takashi Kohno, Ryuji Hamamoto (* Corresponding Author)
用語解説
注1 全ゲノムシークエンス
全ゲノムシークエンス(Whole Genome Sequencing, WGS)は、生物の全DNA配列を解読する技術です。これにより、遺伝子変異や構造変異を網羅的に解析することができます。
注2 HER2
HER2(Human Epidermal Growth Factor Receptor 2)は、細胞の増殖と分化に関与する受容体型チロシンキナーゼです。特に乳がんや肺がんにおいて過剰発現が見られ、治療のターゲットとなることが多いです。ERBB2 とも呼ばれます。
注3 ドライバー遺伝子
ドライバー遺伝子は、がんの発生と進行に直接関与する遺伝子で、その変異はがん細胞の成長と生存に必要です。これらの遺伝子は治療標的として重要です。
注4 スーパーエンハンサー
スーパーエンハンサーは、通常のエンハンサーに比べて強力な転写活性を持つ DNA 領域で、遺伝子発現の調節において重要な役割を果たします。特に発がん遺伝子や細胞の分化に関与する遺伝子の発現に強く関与しています。
詳細は、国立がん研究センターのWebsiteをご覧ください。