(理化学研究所HPからの転載)
2020年11月13日
理化学研究所
グローバルウェーハズ・ジャパン株式会社
理化学研究所(理研)革新知能統合研究センターデータ駆動型生物医科学チームの沓掛健太朗研究員、グローバルウェーハズ・ジャパン株式会社の永井勇太主事らの共同研究チームは、機械学習[1]を用いて、材料作製中に材料特性をリアルタイムで予測するシステムを開発しました。
本研究成果は、材料の開発スピードの大幅な向上、作製中の異常検知、予測特性に基づくリアルタイム制御など、人工知能(AI)を活用した革新的な材料プロセスに貢献すると期待できます。
従来の材料開発では、材料の作製からその特性が判明するまでに長時間を要すること、また材料全体にわたる連続的な評価(全数検査)が難しいという課題がありました。
今回、共同研究チームは、基幹半導体材料であるシリコンの単結晶成長において、過去に作製した結晶成長データと結晶中の部分的な材料特性(酸素不純物濃度)を、機械学習の一種である「ニューラルネットワーク[1]」を用いて関係づけることで、結晶中の酸素不純物濃度を高精度に、そして長さ方向に材料全体にわたって連続的に予測することに成功しました。さらに、機械学習による高速予測を生かして、結晶成長時におけるシリコン単結晶中の酸素不純物濃度をリアルタイムで予測するシステムを開発しました。このシステムは、従来の課題を解決するものであり、シリコンの結晶成長に限らずさまざまな材料開発に応用可能です。
本研究は、科学雑誌『Applied Physics Express』オンライン版(11月11日付)に掲載されました。また第49回結晶成長国内会議(JCCG-49)(11月9日開催)でも発表されました。
材料特性のリアルタイム予測システムの概要
- 背景
材料の開発では、材料を作製し、作製した材料を評価し、その評価結果に基づいて次の材料を作製することの繰り返しが基本であり、このサイクルをいかに速く回すかで開発のスピードが決まります。しかし、材料の作製や評価には、時間、費用、人手、装置などさまざまなコストが必要であり、材料開発におけるボトルネックとなっています。
特に、バルク材料(固まり状の物質)は作製に時間がかかる上、切断や表面処理など評価のための工程も必要です。本研究対象の、基幹半導体材料であるシリコン単結晶インゴット[2]の90%以上は、チョクラルスキー法[3]と呼ばれる方法によって作製されています。しかし、この方法では結晶インゴット作製に2日、外周研削・切断・試料処理に1日、評価に1日かかることから、酸素不純物濃度の分布を得るまでに計4日程度を要します。また、結晶インゴット中で酸素不純物濃度が測定可能な箇所は、少数かつ不連続です(図1)。
シリコン単結晶中の酸素不純物は、ウェーハの機械的強度や金属不純物のゲッタリング[4]能力に寄与する重要な不純物であり、半導体デバイスの用途に応じて適切な濃度範囲に制御することが求められます。しかし、酸素不純物は電気抵抗率を調整するために原料に添加するドーパント不純物[5]とは異なり、次のように複雑な過程で結晶に取り込まれるため、所望の濃度の結晶インゴットを作製するには結晶成長パラメータの緻密な制御が必要になります。酸素不純物は、結晶成長中に石英ルツボからシリコン融液中に溶け出し、融液の対流によって輸送されることで、成長界面から結晶中に取り込まれます。この過程では、ルツボ回転による融液の強制対流や、ガス流れによる融液表面からの酸素不純物の蒸発など、多くの要因が複雑に作用して結晶インゴットの酸素不純物濃度が決まります。従来は熱流体シミュレーションによって精密なモデルが作られ、要因個々の影響が調べられてきました。しかし、精密なシミュレーションには長時間を要するため、要因個々の膨大なパラメータの影響を全て調べることは困難でした。また、実際の結晶成長では、炉内で使用している炭素部材の経年変化(使用回数)による部材物性の微妙な変化や、結晶成長中にシリコン融液表面から蒸発する一酸化ケイ素(SiO)が炭素部材や炉の壁面に堆積することによる環境変化など、シミュレーションに正確に反映することが難しい要因も多くあります。
このように、材料評価のために高いコストを要することや材料評価箇所が部分的・不連続であること、シミュレーションによる材料特性予測には長時間を要することや反映が難しい要因があることは、シリコンの結晶成長に限らず、多くの材料に共通する課題でした。
図1 従来の材料評価の模式図
チョクラルスキー法で作製された結晶インゴットは、円柱状の塊となる。外周を研削した後、製品部と評価サンプル部に分けてウェーハにスライスし、ウェーハ表面に対して酸素不純物濃度測定が行われる。したがって、酸素不純物濃度の測定箇所は結晶インゴット長さ方向に対して、少数かつ不連続である。このように、特にバルク材料では評価箇所は限られる。
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研究手法と成果
共同研究チームは、実際のシリコン単結晶インゴットの過去の作製データと酸素不純物濃度の測定結果を、機械学習の一種である「ニューラルネットワーク」によって関係づけることで、作製データから酸素不純物濃度を予測することを試みました。ここで重要なポイントは、何をパラメータとするかでした。前述のように、酸素不純物濃度に影響を及ぼすパラメータは膨大にあります。本研究では、結晶成長時における結晶成長速度やルツボ回転速度などの「制御パラメータ」に、結晶直径、炉内温度などの「観測パラメータ」、カーボンヒーターやカーボンルツボなどの使用回数といった「固定パラメータ」を加えることで、それらのパラメータから結晶インゴット中の酸素不純物濃度を高精度に予測することに成功しました。
シリコン単結晶の結晶成長は精密に制御されていますが、部材物性や炉内環境の変化によって、たとえ制御パラメータの値が同じであったとしても、酸素不純物濃度が同じ値になるとは限りません。そこで、固定パラメータによってその影響を直接反映させるとともに、観測パラメータによって部材物性や炉内環境の変化を間接的に取得して予測に反映させました。このように固定パラメータを定量的に反映することや、観測パラメータの動的な変化を考慮することは、従来のシミュレーションでは現実的には困難なことでした。
さらに、得られた機械学習モデルによる高精度且つ高速な予測を生かして、結晶成長時におけるシリコン単結晶中の酸素不純物濃度分布をリアルタイムで予測するシステムを開発しました。この予測システムでは、結晶成長装置から取得した制御パラメータと観測パラメータのデータを、固定パラメータのデータと統合し、機械学習の入力データ形式に変換します。変換されたデータは機械学習モデルに入力され、現在の結晶成長界面位置(結晶の長さ)に対応する酸素不純物濃度の予測値が得られます。得られた予測値を結晶インゴットの長さ方向に渡って連続的に表示することで、結晶インゴット中の酸素不純物濃度分布を可視化することに成功しました(図2)。
また、装置からのデータ取得から予測値の表示までを1秒以内に実行することができるため、リアルタイムに結晶中の酸素不純物濃度を算出することができます。その結果、実験による酸素不純物濃度の取得に比較すると、要する時間は従来の約35万分の1に、熱流体シミュレーションによる酸素不純物濃度の計算に比較すると、要する時間は7,200分の1に短縮されました。
図2 シリコン単結晶インゴット中の酸素不純物濃度
横軸は結晶インゴット長さ方向の位置。赤丸は測定値。実線は予測値。データはニューラルネットワークの学習には用いていないテストデータ。予測値は酸素不純物濃度の変動を良く捉えている。予測値は実測のデータ点間にも存在し、結晶インゴット全長にわたって連続的に得られている。
本研究で得られたリアルタイム予測システムには三つの利点があります。一つ目は、実際の実験からの評価を待たずに材料特性の値が得られることです。これにより、材料開発スピードの大幅な向上が可能になります。
二つ目は、特性値が連続値で得られることです。これまで材料評価の多くは、材料内の全領域に渡って特性を測定することは困難でした。本システムでは作製データから特性値を予測するため、作製データが存在している全領域で特性の予測値を得ることができます。これにより、より細やかな特性値の制御や、従来の評価では見逃されていた突発的な変動の検出が可能になります。
三つ目は、得られた作製データと材料特性の関係を用いて、特性制御を行えることです。特性値の正確な予測には観測パラメータのデータが必要ですが、制御パラメータが与えるおおよその特性値の傾向を知ることで、この傾向に基づいて特性を制御することが可能になります。
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今後の期待
現在、材料分野に限らずものづくり分野では、製品の高度化に伴い、求められる特性の範囲はより厳しくなってきていることから、より高精度での特性制御が必要となっています。作製環境の均一・均質・精密化などハード面での精度向上とともに、装置や環境の微妙な変動に対応するソフト面での向上も不可欠です。
AIを活用したものづくり制御は、後者に大きく貢献する技術であり、本研究成果はその端緒といえます。将来的には、リアルタイムに予測された材料特性値に基づいてその場で作製パラメータの制御を行う、AIによるリアルタイム制御も視野に入れています。
- 補足説明
1.機械学習、ニューラルネットワーク
機械学習は、人間の学習能力と同様に、機械(コンピュータ)に学習能力を持たせる手法。データから機械自身が反復的に解析し、ルールを見つけ出すという特徴がある。ニューラルネットワークは機械学習の一種で、脳内の神経細胞および神経細胞同士の結合を数式的にモデル化したものである。
2.インゴット
金属や半導体を結晶成長させる方法で生成する際の一塊。
3.チョクラルスキー法
ルツボの中に充填した原料を加熱して溶解した後、融液から単結晶を引き上げながら成長させる方法。シリコン単結晶の場合、高純度シリコン原料を石英製のルツボの内部で溶解し、シリコン融液に種結晶と呼ばれる棒状の単結晶の種を接触させ、結晶を回転しながらゆっくり引き上げることにより、直径200mmや300mmの円筒状の単結晶インゴットを作製する。今日の半導体用シリコン単結晶基板の90%以上が、同法によって作製されている。
4.ゲッタリング
半導体デバイスの電気特性不良の要因となる金属不純物を、ウェーハ内のデバイス動作に影響の無い位置に意図的に捕獲すること。シリコン半導体デバイスでは、pn接合やゲート酸化膜などが形成されるシリコンウェーハ表層のデバイス形成領域に金属不純物が存在すると電気特性不良を引き起こすため、金属不純物をデバイス形成領域から遠ざける必要がある。そのための方法として、シリコンウェーハ基板内部の深い位置に、酸素析出物などの微小な結晶欠陥を意図的に作り込み、シリコンウェーハ自身に金属不純物を捕獲させる能力を持たせている。
5.ドーパント不純物
シリコン結晶の物性を変化させるために結晶成長時などに添加する不純物。p型のシリコンウェーハを作製するためには3価の元素であるホウ素を添加し、n型のシリコンウェーハを作製するためには5価の元素であるリンやヒ素、アンチモンなどを添加する。添加する不純物の濃度に応じてシリコンウェーハの電気抵抗率を調整することが可能である。
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共同研究チーム
理化学研究所 革新知能統合研究センター データ駆動型生物医科学チーム
研究員 沓掛 健太朗(くつかけ けんたろう)
グローバルウェーハズ・ジャパン株式会社技術部
基盤技術グループ 主事 永井 勇太(ながい ゆうた)
基盤技術グループ 主事 番場 博則(ばんば ひろのり)
基盤技術グループ 主事 堀川 智之(ほりかわ ともゆき)
基盤技術グループ グループ長 松村 尚(まつむら ひさし)
部長 石川 高志(いしかわ たかし)
技監 泉妻 宏冶(いずのめ こうじ)
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研究支援
本研究の一部は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金挑戦的研究(萌芽)「時系列データの機械学習による結晶成長の非再現性の追求(研究代表者:沓掛健太朗)」による支援を受けて行われました。
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原論文情報
entaro Kutsukake, Yuta Nagai, Tomoyuki Horikawa, and Hironori Banba, “Real-time prediction of interstitial oxygen concentration in Czochralski silicon using machine learning”, Applied Physics Express, 10.35848/1882-0786/abc6ec
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発表者
理化学研究所
革新知能統合研究センター データ駆動型生物医科学チーム
研究員 沓掛 健太朗(くつかけ けんたろう)
グローバルウェーハズ・ジャパン株式会社 技術部 基盤技術グループ
主事 永井 勇太(ながい ゆうた)
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報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
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グローバルウェーハズ・ジャパン株式会社 管理部長 中村 篤(なかむら あつし)
Tel: 025-256-3200 / Fax: 025-256-1148
Email: natsushi [at] sas-globalwafers.co.jp
※[at]は@に置き換えてください。
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